雲影 秀水 11.1尺 口巻 竹・籐・漆・螺鈿握り

……私の竹竿収集は、櫓聲をその中心・核とした上で、他の銘については、仮に浅くなってもできるだけ広くなるよう求めて来た……そんな中、例外的に雲影だけは、コレクション初期の段階で3本を購入した……

とは、先に「雲影 竹有情高野竹 11.2尺 節巻 綿糸握り」に記した文言である。

その後、もう一本の雲影「光舟 9.3尺 緑節巻 綿糸握り」もご紹介したので、今回は残る一つである「秀水 11.1尺 口巻 籐・漆・螺鈿握り」を取り上げたい。




購入の順序は竹有情・秀水そして光舟と、投稿のそれとは異なりこの秀水は二番目に当たる。

そして確か、竹有情を入手してさほど間を置かずのことだったように記憶している。

これは取りも直さず、竹有情の風趣に魅せられたからで、決してその銘に惹かれてのことではない。

実際、雲影なる竿師のことはほとんど知らなかったのだから。



さて、この秀水を実際に手にして眺め、振り、魚をかけてみて最も印象的な点は、その枯れた風趣、枯淡な味わいである。

油気の抜けた飄々たる佇まいを見せ、魚を力でねじ伏せるのではなく、時間はかかるものの悠然と相手をしながら最終的には意のままに操るその釣り味は、円熟・老練と称するに相応しく、これを振っていると、精選された古竹を用いた生地組みではないかの思いが自ずと胸に湧いてくる。


片や、竹有情はしっとりとした潤いと艶やかを具えており、光舟には若々しい活力と溌溂さが感じられ、同じ竿師の作でありながらこれほどの趣の差が出るところに、改めて自然素材から一本一本手作業で生み出される竹竿の面白さ、奥深さ――少なくともその一面はあると言えるだろう。


秀水のもう一つ目に付く特徴は、籐、螺鈿をあしらった漆に加え、さらに竹を配剤した握りだ。

これも既述したことだが、雲影はどちらかというと伝統的・オーソドックスな作りを基本としており、握りもほとんどが綿糸か籐、時折これらを併せたものが見られる程度である事実からすると、秀水のそれはかなり特異と思う。

竹の部分が凹んでいるその見た目通り、実際も手にぴったりフィットするわけでなく、人差し指と小指だけで握る感覚となるのだが、これが竿全体の調子と絶妙に相俟って、何とも言えない感触を腕から身体、さらに心へ伝えてくれる。


このような特質の一方、負担の掛かる玉口を二重巻きにしたり、その巻きの塗りもやや厚めに丁寧に施すなど、細部へのこだわりがはっきりと窺えるのは他の二本と同じであり、胴にしっかりと乗る調子も雲影独特のものとして共通している。


少々こじ付けのきらいはあるが、竹有情、光舟そして秀水は、それぞれ櫓聲の青春、朱夏、白秋に一脈相通じる調子と見ても、強ち誤りではないかもしれない。

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