豊魚 9.2尺 口巻 籐・乾漆握り

先に「五郎 9.2尺 口巻 紅葉握り」において書いたように、紀州へら竿愛好家の間には「一家に一本、五郎か豊魚」という格言(?)が知られている。

私は五郎とともに豊魚も所有しているので、今回はそれをご紹介したい――

とこう言っても、別段ひけらかしとはなるまい。

なぜなら、数ある紀州へら竿の中で、豊魚は最も尺単価の抑えられた、手にしやすいものだからである。

通過する問屋や卸先の小売店によって差は生じるだろうけれども、私が購入した際の単価は、確か尺三千円だったと記憶している。

つまり、九尺の竿で三万円弱ということで、これはもう中堅メーカーのカーボンロッドより安価ではないかと思う。


このような紹介の仕方をすると、「安かろう悪かろうではないのか?」との懸念を惹起してしまうかもしれないが、それは全くの杞憂、豊魚は決してそんな粗製乱造の竿ではない。

無論、五郎同様、素材をとことんまで選りすぐり、少数精鋭主義で生み出される竿ではないものの、竹竿の基本機能はもちろん、その特質、言葉を変えれば紀州へら竿の味わいの大きな部分はしっかりと具えている。

その価格とともに、使い手を選ばず、これを手にする人に遍く竹竿の良さを感じ取って貰える点からしても、豊魚は初穂としてお勧めできる一品である。

私の所有竿である「豊魚 9.2尺 口巻 籐・乾漆握り」についても、竹の地肌を見せた口巻の意匠を採る一方、握は籐巻の一部に乾漆をあしらって実用性と審美性をさりげなく両立させており、調子に関して言えば、細目でテーパーの小さな穂持・元に合わせ穂を配することで、負荷に応じて曲がりの支点と度合いが自在に変化して魚に対応する、竹竿独特の風合いを具現している印象だ。




ところで、以下の記事でご紹介した紀州へら竿系統図に、豊魚の名は見られない。

これに関しては、「豊魚は魚光の別銘」とのぼんやりした記憶もあるのだが、どうも今一つはっきりしない。

本記事を起こすに当たり少々調べてみたものの、やはり裏付けは得られなかった。

ただ、竿の作り、特に先に挙げた握りの特徴などに強い類似性のあることは確かである。

もしこの記憶が正しければ、豊魚と五郎は同じ貞石匠門下の兄弟弟子であり、二人して紀州へら竿を世に広く知らしめる大きな仕事を成し遂げたことになる。

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