玉成 高野竹 12尺 口巻 乾漆握り

長竿製作の名手として知られた東峰。

その実子で、父を師として竿作りの道に入ったのが玉成である。

東峰の弟子と言えば、先にご紹介した朴石もやはりそうで、玉成の入門も早くはなかったところも両者に共通している。


この玉成という銘は、東峰が使用していた脇銘である。

玉のように磨きあげる――製竿に当てはめれば、素材の竹を吟味し、優れた竿に仕上げる――との意図の込められたこの脇銘が心の琴線に触れ、自らの銘として譲り受けたのである。

恐らくその時、「竿とともに己をも」という決意が玉成にはあったように思う。


そんな玉成の竿は、華麗な作風の朴石とは趣を異にし、地味・素朴な感じのものが多い。

師である東峰もどちらかといえば質実な作りが基本で、その特質をより素直に踏襲した感がある。

血は水よりも濃い――ということだろうか。


私の所有する「高野竹 12尺 口巻 乾漆握り」も、そんな玉成の特徴が如実に表れている一竿。


シンプルな口巻に、何の装飾もない乾漆の握りを具えた見た目同様、ちょっと使ったところでは、釣り味についても気持ちが沸き立つような強い印象を受けることはない。

しかしながら、釣り癖が出難く安心して使えることはすぐにわかり、また、玉成で釣っていると、時折得も言われぬ穏やかな気分に浸っている自分に気付くこともある。

そのような点を鑑みると、先に地味と書いたが、これは滋味の字を当てるのが適切かもしれない。


己の分をわきまえて自らの為すべきことを追求した玉成、これもまた一種の天才と言うべきであろう。


近年、これぞという竿には東峰銘を刻すこともあった玉成は、紀州製竿組合の組合長を務めた後、2019年の8月、62歳にして世を去った。

竿師としてもっともっと活躍して欲しかった一人である。

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