至峰 13.8尺 口巻 綿握り

紀州へら竿の中で、櫓聲と双璧をなすのが至峰である。

櫓聲が竹露流を皮切りに、次々と新たな脇銘の作品を打ち出したのとは異なり、至峰は、ごく初期に「三昧」「磯千鳥」といった脇銘を使ったのと、二十周年、四十五周年といった経歴の区切りに、それらをひっそりと竿に刻したのを除き、あとはひたすら、「至峰」とだけ銘打った竿を作り続けた。

そして竿の意匠も、口巻に綿糸握りという極めてシンプルなものが基本で、変な色合いなど見せないごく淡白な漆の塗りと合わせ、一見何の変哲もない、ありふれた見栄えでありながら、その調子は釣り人を魅了して止まないのである。


私も、竹竿に興味を持ち始めて間もなくこの銘を知り、その高い評価を耳にするに及んで、いつかは至峰を手にしてみたいとは思っていたが、櫓聲以上にその実現には年月を要した。

櫓聲と並ぶ横綱格の竿師の作品なので、当然その価格(尺単価)も最高位にあり、容易に手が出なかったというのも理由の一つだが、食指を萎えさせるもう一つの要素として、「釣り人を魅了して止まない」と書いた、その調子があった。


ほぼ一般名詞として通用すると言ってもよい、「至峰調」と呼ばれるその調子は、先調子、つまり穂持に曲がりの中心を置き、主に竿の先端部で魚を上げるのを特徴としているが、私の好みは竿全体が大きく撓む胴調子であり、この相違がどうしても気になり、心に引っ掛かって仕方なかったのである。

実際、至峰の竿を見ると、穂先が細く、元は太めの、いわゆるテーパーの強いものがほとんどで、なるほどこれは先調子だな――と思わずにはいられない。

無論、単に先調子の竿が高く評価されるのであれば、竿師は皆そのような竿を作り、苦労はないわけで、他の竿とは違う至峰固有・独自の味わいがあるはずだということは理解できるのだけれど、ちょっと試しに――と軽い気持ちで購入できる価格ではないのだ。


そんな気持ちのまま歳月が過ぎて、ある時、やっと巡り合った一竿が、この「至峰 13.7尺 口巻 綿握り」である。


至峰にしては元径が細めで、しかも13.8尺で四継ぎという長寸切りの生地組み、さらに穂先・穂持の長さが元上・元とさほど違わない。

これなら、それなりに竿全体が撓ってくれるはず――少なくともガチガチの先調子ということはないだろう――と踏んで思い切って購入したが、幸い、その期待は裏切られなかった。


この竿の釣り味について、やはり櫓聲との対比で言うと、別の記事「櫓聲 竹露流 硬式」においてご紹介した通り、こちらは掛けたその場で、魚を真上にすうっと浮かせてくれ、引きが物足りないと感じると適度に走らせてくれるのとは反対に、至峰の方はまず魚を適度に走らせ、もう十分と思うと、ふんわりと水面へ導いてくれる印象がある。

いずれも、実に不思議な感触であり、竹竿、しかも至高の一品でしか味わえないものと言えよう。

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