紀舟 翠映 13尺 口巻 乾漆握り

私は結構好き嫌いが激しく、否と思ったら見向きもしないことも少なくない。

竹竿に関して言えば、その一つに乾漆握りがあった。

手に握った際は確かに滑りにくく実用性に優れているだろうことは重々承知しているものの、見た目の粗さとその色合いがどうにも我慢できず、「これは、」と思った竿でも、握りが乾漆であることに気付いてすぐそっぽを向いてしまった例も少なくない。


そんな中で、この「紀舟 翠映 13尺 口巻」は、私が初めて手にした乾漆握りの竿だった。




phoneticには「きしゅう」と読み、「紀州」に因んだ銘であろう。

師は八雲で、凡舟、世志彦と同門である。

私の浅学のためかもしれないが、師は固より、上の二人の兄弟弟子に比べてもあまり知られていない竿師のように思われる。


実際、この翠映13尺にしても、その名に惹かれたわけではない。

それどころか、当時、紀舟という銘も、それがどのような竿師かも知らなかった。

しかし、竿自体を目にして、その洗練された風姿に魅せられ、食指抑えがたく購入してしまったのである。

しかも、それまで毛嫌いしていた乾漆握りに関わらず。


どこがいいかというと、まず、非常に優美な曲線で画された、当の握りの形状である。

さらに、一見、細すぎて扱いにくいような印象を覚えるが、実際に握ってみると、少なくとも私の手には、実にしっくりと馴染んだ。

これはもちろん、握り単独によるものではなく、絶妙な生地組みと相俟って、竿全体としての調和・平衡が上手く実現された結果であることは間違いない。

所謂先に抜けた竿ではなく、幾分しなだれる感じの、やや持ち重りする一本だが、そのしっとりした嫋やかな風趣は実に味わい深い。

握りの乾漆についても、その本来の特質であるざらついた肌触りを抑えて上品な質感を醸し出しており、これによって失われがちな手へのフィット性は、深い溝を二本、これも見事な曲線を描いて彫り付けることで補っているのである。


螺鈿等をあしらった極めて装飾性に富んだ作品も少なくなく、これを重視すれば、紀舟こそ八雲直系の竿師と言えるかもしれない。


この紀舟に出会ったおかげで、私の乾漆嫌いもかなり緩和され、その後何本か、乾漆握りの竿を手にするに至った。

さほど多くはないけれど。

コメント

このブログの人気の投稿

紀州へら竿系統図を眺めて

竹竿の手入れ・保管・メンテナンス

櫓聲―脇銘の変遷