寿るす美 伊吹高野竹 白百合調 10.1尺 口巻 銘木握り

紀州へら竿の中には、一見、その意味を測りかねる銘がある。

その例としては、先にご紹介した「げてさく」を挙げられると思うが、今回取り上げる「寿るす美(するすみ)」もまたそうであろう。

私はこの銘の謂れ・意味を直接知る機会がなかったため、少々調べてみたところ、これは大きく次の三つを含意する言葉だということがわかった。

1. 財産も係累もない身の上であること、また、その状態
2. 墨、またその色
3. 源頼朝が梶原景季に下賜した名馬の名(恐らく、その毛色が墨のように黒かったためであろう)


では、寿るす美はこれらのどれに当たるのか、あるいはさらに他のところから来ているのかということだが、個人的には1.に因っているのではないかという気がする。

身一つ、己の技量だけを頼みとして世に出、過ごしていくべし――との思いが、ここに籠められている感を受けるのだ。


さて、その寿るす美の名を聞いて、私の頭に先ず浮かぶのは、「長寸切りの生地組み」という特徴である。

すなわち、穂先・穂持・元上・元などの各部位を長く取り、全体の長さの割に継ぎ数の少ない竿に、その本領を発揮する竿師という印象が強い。

私が実際に目にしたことのある作品としては、三継ぎの十三尺、四継ぎの十六尺がある。

これらの長さの竿なら、それぞれ四継ぎ(五継ぎも散見される)、五継ぎとして組むのが通例であることはご存じの通りだ。

長寸切りの意図は、天然の一本の竹に近づけることで、より自然、素直な調子を実現する点にあるのだと思うが、当然、このような生地組みに適した素材は断然少なくなるわけで、それを見極める眼力が要求されると同時に、世に送り出せる竿の本数も抑えられてしまうという枷を竿師は負うことになる。


私の所有する「伊吹高野竹 10.1尺 口巻 銘木握り」は、強いて長寸切りというほどではないものの、自然体で奇を衒ったところのない、寿るす美の特徴をしっかりと具えた一本であることは間違いない。




寿るす美の調子分類は、硬い方から順に、忍冬(すいかずら)調・静水調・白百合調・さわらび調と並べられるので、我が伊吹高野竹は軟式寄りに位置することになる。

それゆえ、今流行りの所謂「引ける竿」ではないけれども、この竿もまた、その本来の個性を尊重して扱ってやれば、この上ない釣趣を味わわせてくれる。

紀州へら竿で釣りを愉しむに必要なのは、ただこのことだけと言ってもよいのではなかろうか。

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