へら竿の意匠(2)―握り

へら竿は、超長尺の竹竿などは除き、基本的に片手で扱う。

その際の、竿と人体との唯一の接触部が握りである。

従って、その形状と表面をなす素材により、使用感が少なからず変わる。

それと同時に、先に紹介した塗り・巻きと共に、竿の「顔」として外見の印象を大きく左右する部分でもある。

従って、竿師が自らの独自性を発揮すべく、作りに拘るのも当然であり、実際、握りを見ただけでこれは誰の作か、さらには脇銘まで判別できることもある。


握りの形状は、元竿の竹材に紙などを巻いて成型される。

紀州へら竿黎明期の、まだ試行錯誤の名残りのある竿では、ぼてッとした、若干野暮ったい握りが見られたが、現在では各竿師が工夫し、どれをとっても十分見栄えがするものに落ち着いている。


握りのもう一つの要素は、その表面に配する素材であり、主要なものとしては、綿糸・乾漆・籐・漆・銘木・竹といったところが挙げられる。


綿糸握りは、紀州へら竿において伝統的に採用されてきたもので、その最大の特徴は実用性にある。


成型後、綿糸を緊密に巻いたこの握りは、御想像頂ける通り極めて滑りにくく、手にぴったりと馴染む。

その反面、意匠の施しようがないため、審美的な面白味には欠ける。

強いて言えば、太めの糸でふんわりした肌ざわりを出したり、あるいは細い糸でかっちりした感触を目指すといったことであろう。

ただ、先代孤舟・至峰など、実用の中に美を見出し、この握りに強い執着を持つ竿師のあることも事実だ。


個人的に、私の好みには合わないのだけれど、乾漆握りも綿糸握りと同様、実用性の理念に基づくものと言えよう。


一方、見た目の美しさを求めて現れたのが籐巻き握りである。


当初は籐の風合いを活かし、綿糸同様滑り難くく仕上げられているものが多かったが、やがてその上に透き漆を被せることで、光沢の美を得るようになった。

それはそれでいいのだが、実用性の面からすると、フィット感が損なわれるという事態に陥ったことは否めない。


さて、見た目の印象が、良い意味で裏切られるのは漆握りだ。


この握りは、一見非常に滑り易そうに見えるが、意外や意外、実にしっくりと手になじむ。

その上、塗り・巻きと同様、多彩な色彩を使える上、螺鈿・蒔絵、そして研ぎ出しなどの技法により、極めて装飾性も高い。

ただ、それだけに、主に高価格帯の竿に採用されているのは止むを得ないところだろうか。


この漆握りと同じ志向で生み出されたものとして、銘木・竹張り握りがあり、工芸的な技術に長けた竿師が好んで採っている。




以上、握りに用いられる代表的素材を挙げたが、これらを組み合わせた「ハイブリッド」型も現在では珍しくない。

たとえば、握りの両端は見栄えのいい籐、実際に手の触れる部分は滑り難い綿糸―といったように。


竹竿といっても、中尺までならさほど重さが気になることはなく、また各竿師も当然、操作に留意しながら形状を整え、素材を選択しているだろうから、握りに関してあまり神経質になる必要はない。

ただ、もう一方の、使う側の手も千差万別なので、やはり多かれ少なかれ竿を握った時の感触は違ってくる。

実際、自分に合った竿を手にした時の心地よさは何とも言えないものだ。

特に、長尺の、重さを意識するような竿は、できれば竿を継いだ状態で実際に握り、振ってみた上で購入することをお勧めする。


塗り・巻きと異なり、握りは傍からはその姿が見えない。

その意匠に拘るのは自己満足と言えば確かにそうだが、そこに粋の要素のあることも、また間違いないであろう。

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